サイロ

日記と音楽

2017/4/13

 2017/4/13です。

 

 

 ステ振りがピーキーなおたくってかっこいいですよね。このあらゆるジャンルが細分化してどこを向いても面白そうなものが転がってる世の中で、ひとつのものをとことんまで突き詰める姿勢というのはとても眩しく映ります。ぼくなんかは色々なものに目移りしすぎて何もかも中途半端なので余計にそう思います。

 

 アニメとか漫画とかでもそうですが、とことんやり抜くキャラクターはこいつならと思わせるものがあるように思います。ゲームだと更にそれが顕著で、オールマイティのキャラは器用貧乏になりがちで、どこかのステータスにガツンと振った方が使えるキャラクターになりますね。この満遍なくステータス振ると器用貧乏になるって部分書きながら胸が痛くなりました。

 

 痛む胸を慰め気を取り直して考えてみたんですが、今日に至るまでぼくがアニメや漫画や音楽や映画や何やかやに広く手を出し続けたのは、いつか他の何もかもが見えなくなるぐらい熱中できるものを探すためだったように思います。無論こんな文を書いているぐらいですからこの歳になるまでそういうものは見つかりませんでしたし、今後見つかるのかと言われたら多分見つからないんじゃないかという気がします。こういうのもタタール人の砂漠なのでしょうか。色々な素晴らしい創作物と出会えたことを後悔はしませんが、ぼくも突出したステータスをもって自分にはこれがあると誇ることができればと思うことはあります。

 

 突然忍び寄る無気力に捕らえられ、これまで出会ったものは本当に人生を豊かにしただろうかと思うときがどれだけ待ち受けているのだろう。果たしてこれまで歩んできた道のりは全て無駄ではないと、いつかそう言える日が来ると、そう信じて進むしか道は残されていないのでしょうか。