サイロ

日記と音楽

2017/4/14

 2017/4/14です。

 

 

 思えば大学時代のぼくはとにかくクソったれで、人生最低のぼくだった時期と言って過言ではないように思います。自意識が見境なく膨れまくってそこらじゅうに飛び回っていたし、嫌な気持ちを追い払うために酒を飲むようになったし、なんならインターネットの悪い使い方も覚えました。色々なことがあって自分が世界で一番不幸な人間に思えて毎日暗い快感に震えていたし、時折そういうひとりよがりな快感に世間の風が吹き込むと誰よりも怯えて必死になって暴れまわっていました。とにかく自分のサイズというものが何もわかっていなかったし、わかるのが怖かった。いまでもまだよくわかりませんが、あの頃よりは世間とぶつかって膨れた自意識が削られたように思います。それが良いことか悪いことかはさておき。

 

 先にも書いたようにとにかく精神的には最悪の時期だったわけですが、自分の時間がありあまっていたのは素晴らしいことでした。ぼくは何の予定もなく無為に時間を過ごし、やることに飽きたら昼寝をするような生活が大好きだから、大学時代は殆どそのようにして過ごしていたように思います。時々自意識に苛まれて死にたくなったりしていたけど、そういう生活自体はかなり幸せだったと言えるのではないでしょうか。戻りたいかと言われたら絶対に嫌ですが。

 

 ともかく、そういう幸せな生活を続けていると当然ながら次第に昼夜が逆転し、毎晩深夜まで起きては朝方に寝るような生活になりました。あの頃は毎日朝の四時ごろに寝て十一時ごろに起きて、それで大変身体の調子が良かったし脳もシャキっとしていたような気がします。大学が終わって帰ってくると昼寝をして、起きたらスーパーに行って見切り品の安い野菜とか肉を買う。適当な晩御飯を食べたら音楽を聴いて本を読んで映画を見てアニメを見てインターネットをやって、そしてふと気が付くと深夜二時ごろになっている。ぼくはこの瞬間がたまらなく好きでした。本を読み終わるといつの間にか聴いていたアルバムは終わっていて、インターネットからも殆どの人間が消える。声を出すのもためらわれるぐらいの静寂がぼくの住む町を包み込んでいた。そういうときは孤独に怯えていれば音楽を聴くのも良かったし、酔っていれば気持ちよく寝られる。そのときそのときの楽しみがあって、だけどぼくはベランダに出て行って煙草を吸うのが何にもまして好きでした。
 アパートの二階にあるぼくの部屋からは街を横断して東京まで続いていく大きな道が見えて、時折そこにちらほらと光が瞬くのが見える。エンジンの音は夜の闇にかき消されてぼくの所までは届かず、ぼくはただそういうものを眺めては何本も煙草を吸いました。

 

 最近ではまた性懲りもなく就職してしまったせいでこういう生活はできなくなってしまい、時折週末に深夜まで起きているとふとあの頃のことを思い出すことがあります。ぼくがいま住んでいる場所は深夜の二時でも完全な静寂には程遠く、ベランダの前の道路を通過する車の音が聴こえてきたりする。そういう時にはふと大学生だった頃の夜が懐かしくなり、自分の軟弱さに辛くなる瞬間があります。